昨日、5月4日に母が亡くなりました。当日までのできごとと、今の気持ちを主に自分のために書き残しておこうと思います。
目次
当日まで
5月1日
5月1日に緊急入院。父から連絡がきて、午前中に仕事を早退し、急いで病院へ向かいました。14時前に病院につくと救命病棟に案内され、母はベッドに寝ていました。病室には、先に着いていた父と叔母もいました。母は意識があって会話ができる状態でしたが、手が酷く冷たかったです。手を握ると「湯たんぽみたい」「お風呂に入っているみたい」と言っていました。また、「痛み止めを打っているのに身体が痛い」と言っていました。
ーー母は末期がんで、先月から抗がん剤投与も体力の問題でストップし、以降自宅での”緩和ケア”を受けている状態でした。しかし、緩和ケアと言っても、何やら訪問看護を受けるのにも条件があるらしく、「緩和ケアを受けるための準備を進めている状況」「抗がん剤投与のための通院をやめた状況」という言い方が正しいと感じています。そんな状況の中で、やはり心配なので何度か実家の母を訪ねると、「身体が痛くて眠れない」と辛そうにしていましたーー
「これじゃあ家にいるのと全然変わらない」と母は言いました。そこで私は看護師の方に事情を説明し、痛み止めの点滴の量を調整してもらいました。30分ぐらい経つと、「痛みが取れてきた」と母は言い、その後寝始めたので、私はほっとしました。そこから少し経ち、母が目を覚ました後は、面会可能なぎりぎりの時間まで会話してその日は帰りました。
5月2日
その日は父が少し先に病室に着いていて、3人で他愛のない話をしました。私は話しながら母の手をさすっていました。母の手はやはり冷たかったです。しかし、「家にいるより快適」と言っていたので、私は良かったと思いました。この日は入院当日とは違い、面会時間が少ししか設けられていなかったため、到着が早かった父は先に帰って、残りの時間は2人で話しました。「口が乾燥しているからほうじ茶をとってほしい」と言われ、病院から出たパックのほうじちゃにストローを挿して母に渡しました。そんなことをやっていると時間になってしまったので、私も病室をあとにしました。
5月3日
この日は叔母と到着時間が一緒だったため、2人で母の病室に入りました。1日目、2日目は窓のない部屋でしたが、窓がついた病室に移動されていました。母は「窓がなくて閉塞感がある」と言っていたので、私が「窓のある部屋になって良かったね」と言うと、「外から見られないかしら。見られてもいいけど」と冗談を言っていました。この日もいつものように手を握ったり、さすったりすると、明らかに前日よりも温かく、足のむくみも少なくなっていました。また、私の手を握り返す力も強かったです。だから「力が強いね」と私が言うと「喜んじゃって」と言ってきました。内心、「そりゃあ喜ぶでしょ」と思いましたが、口には出しませんでした。
その日の帰り、電車の中で好きな音楽を聴きながら「もしかすると、落ち着いたら退院できたりするのかな」と思っていました。
5月4日
いつものように病院に向かう途中、駅のホームで乗り換えのための移動をしていると、父から電話が来ました。「危ない状況」と言われ「分かった」とだけ答え、次の電車に乗りました。電車に乗っている間、もちろん速度が上がるわけはないのですが、ずっと「早く着いてくれ」と思っていました。
しかし、一方で信じられない気持ちも僅かにありました。まず、父はもともと少し変わった人で、入院初日にも「いつ何があってもおかしくない」と電話越しに伝えてきた割りには、母は随分ハッキリと会話ができる状態でしたし(何ならこの時点で私は覚悟していました)、何より前日に母に会った際には、体温や足のむくみが良くなったこと、手の力強さなど、明らかに良い方向に進んでいると感じていたからです。
最寄りの駅に着くと、私はできるだけ走って病院に向かいました。日頃から運動をしておらず、すぐに息が切れました。病院に着いて受付に「すぐに案内してほしい」と伝え、病室に着くと、母はすでに天国へと旅立っていました。帰り道、しっかりと歩かないと倒れてしまいそうになるほど、強い風が吹いていました。
今思うこと
病院で自分でも驚くほど泣いたためか、今は不思議と落ち着いています。いわゆる今はまだ「実感が湧かない」状態で、また急に悲しさが大きくなってきたりするのでしょうか。数年前、母が余命宣告された時、それと同時期に他にも私にとってショックが大きかったことが重なって起こり、振り返ってみると気がおかしくなっていたことがあるのですが、それの影響で良くも悪くも気持ちが麻痺している部分があるのかもしれません。
今思うことは、ここ数年、ほぼ毎日母に電話をしたり、会える時は会いに行って、ずっと話していたこと、私の夢や野望みたいな話、それを成し遂げるために頑張ろうと思ってます。別にスピリチュアルな話ではなく、そうすればいつかまた会える気がしています。
たまたま読んでくださった方へ
ここまでご覧いただきありがとうございました。ほぼ自分のための備忘録のような内容なのですが、もし同じような状況の人が偶然読んでくれたとして、もしまだ立ち直れていない状況なら、少しでも気持ちが軽くなる文章になっていたら嬉しいです。

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